雨乞い地蔵
雨乞い地蔵

その昔、弘法大師が真言宗の布教のため、全国行脚の折に、当生萱の地に立ち寄られ、
夏の暑い時期のため、喉が渇ききって大変困っておられ、村人に水を所望された。
村人は、大切な水だが腹いっぱい飲んでくださいと差し上げた。
弘法様は、これで命が助かったと大喜びされて、何かお礼にと、水不足で悩んでいる村人の為にと
お地蔵さんを刻んで下さった。それ以来、日照りで困ったときに、そのお地蔵様を川に入れて団扇
太鼓で年寄の人が、南無妙法蓮華経を一心に唱え雨乞いをした。やがて、待望の雨が降って田畑は潤い村人は喜びました。現在は、年に一度集まり、感謝の意を込めてお団子を作りお供えして、お祭りをしています。又、村人の交流の場ともなっています。何かお願い事をしたり、成就した時には、お茶や お菓子や 吊るしびな等を、奉納し感謝の気持ちを表しています。
承応2年(1653年)作の、土口の笹崎振袖地蔵 、松代の鳥打坂地蔵、 大室の方麓地蔵と同作
といわれている。
【追記】
 お地蔵様の頭は凹んでいます。ある年に雨乞いをしたが、全く雨が降らなくて村人が怒って石で頭を叩いたために凹んでしまったと言われています。地図

土井場跡

土井場跡
土井場跡

倉科地区から流れる湯沢川の末端に位置し,現在は排水溝になっている。土地改良事業以前には 水を貯めるために土井をして、用水として田圃に水を供給する大切な水路であった。水深1メートル位貯まり、子供たちの水泳などの遊び場でもあった。今も、その時代の石橋が残っている。地図